技術の伝承

技術の伝承性について
  近代製鉄業は英国のセバーン河流域で、木炭に替わって石炭を使った鉄鉱石の還元に始まった。アイアンブリッジ峡谷と呼ばれるこの地域には、博物館はもとより、周辺には当時の面影を残す足跡を辿ることができる。鉄鋼製造技術の主流はやがて大陸へ移り、19世紀の後半ではドイツが精錬および圧延を中心として、さまざまな独創技術を生み出した。この間の経緯はミュンヘンにある国立博物館に展示されている。 

  当時、鉄鋼製造技術の最大の未解決課題は溶鋼の温度測定だった。これは物理学の課題だが、19世紀末には、ニュートン力学やマックスウエル電磁気学などにより、物理学には未解決の問題は存在しないと言われていた。高温での温度測定や物質の究極の姿など、まだよくは分からないと指摘されていたが、それまでの理論を駆使すれば、いずれ解決できるものと考えられていた。

  温度測定については、低波長側ではウィーンの式、高波長側ではレイリーの式がよく実験結果と合うとされていたが、全体を通して現象を説明できる理論式がなかった。ベルリン大学プランク教授も助手とともに研究していたが、19世紀最後の年である1900年の秋に、その助手が実験結果に見事に一致する式ができたと教授の部屋に報告に来た。

  単なる式の改良だったが、一つの式で全波長領域での実験点に一致していた。教授はその理由がうまく説明できないままに、その年のドイツ物理学会のクリスマス例会で発表した。20世紀に大きく発展した量子力学の基礎となったプランク定数の発見であった。今では従来産業の代表と言われる鉄鋼技術の発展の中から、現在のIT技術の中核をなす量子力学が誕生してきた技術の連繋に歴史の重さを感ずることができる。

  鉄鋼の製造はその後、欧州から米国へと発展していった。プランク教授と同世代の20世紀の初めに、米国のベツレヘム製鉄会社で、その後の製造業に大きな影響を及ぼした画期的な生産管理システムが誕生した。生み出した人は、ハーバード大学出身のテーラーであった。製鋼工場で、溶鋼の鍋のレンガ積み作業を体験した彼は、単純な出来高払い式の賃金制の不合理性に気づき、経験と勘のみで決められていた報酬を是正するため、科学的な測定法を考案した。仕事の出来高に時間の因子を入れることにより、標準的な作業者が単位時間内にできる業務量を標準化し、これにより作業者能力の違いによる適正な賃金体系を導入した。作業に競争原理を取り入れ、効率的な業務を進めるための定量化をした。
 
   この方法はフォードのベルトコンベアーシステムへと発展して、20世紀を代表する大量生産システムの構築へと展開した。この例でも、製鉄業という総合技術が、その後のさまざまな業種での大量生産システムへ受け継がれていく技術の伝播継承の姿を見ることができる。

  20世紀における科学や技術はそれまでのさまざまな連繋関係から、人類にとって多くの有益な遺産と同時に、環境問題など負の遺産も生み出した。現在の技術体系の中に、未来技術への萌芽が内包されているのだから、このような観点から新しい技術のシステムを構築し継承していかなければならない。築き上げてきた科学や技術を見直すことで、また、新たな発見や飛躍を期待することができるのだと考えている。
http://iiaoki.jugem.jp/
http://twitter.com/#!/goroh