村上春樹氏

1Q84

 村上春樹氏の新小説はネット予約だけで70万部という。早速に書店で山積みになっている部厚い上下の本をざっと見てきた。タイトルはジョージ・オーエル(1903-1950)の作品「1984年」からの連想であることは理解される。1949年に出版されたこの本では、近未来の地球は3つの超大国に支配されていて、国境では地域をめぐって絶えず争いが繰り返されている恐ろしい世界が描かれている。
*Q:question


 この作品ではオーエルの小説とは逆に、現在から過去にさかのぼり、1984年の時点から物語が始まる設定である。この時点から10歳まではクラスメートだったという「青豆という女性と天吾という男性」の二つの物語が交互に進行し、奇妙に交差しながら現実と夢の世界へと物語が進行する。語られる内容は、村上氏の愛読書である「ライ麦畑でつかまえて」や「華麗なるギャツビー」と同じように軽いSFタッチで、日常生活に潜む不安と現実というこの世での人の営為が、真実味を伴わない不思議な感覚で表現されている。



 これまでの村上作品に登場する人物と類型的ではあるが、何か神秘の香りに包まれた主人公たちが織りなすやや宗教的な雰囲気のなかで、繰り返し語られる均衡と内面の描写はさすがと思わせる。このような現実と理想との間で繰り広げられる男と女のことと言うと、愛読者からは軽蔑されるかもしれないが、きわめて平凡なことを題材として1000ページを超える対策を創作する頭の構造はさすがと思わせる。



 最後にノーベル文学賞について述べておきたい。毎年、村上氏は候補者となっているみたいであるが、ここ10年間の受賞者の作品は、民族、人類、差別、国境などとかなり政治的思想的な色彩が濃厚である。1968年に受賞した川端康成氏の時代とは審査内容が全く違っているようだ。だから、現在の村上作品ではノーベル賞受賞は難しいことであろう。あえて言えば、テルアビブで語った「壁と卵」というテーマで、人類の未来に対する啓示を内面に織り込んだような作品を期待する。

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