官僚たちの夏

経済大国の主は

 城山三郎氏のベストセラー小説だが、TVドラマは原作とはだいぶ内容が異なり、まるで官僚たちが経済大国日本を作り上げてきたかのようになっている。事実はむしろ逆で、経済大国の基礎となった鉄鋼産業や自動車産業の育成に対してブレーキをかけたのは日銀や霞が関であったことを忘れてはならない。
城山三郎著「官僚たちの夏新潮文庫 ¥580

 1950年に川崎重工が千葉に製鉄所建設計画を通産省に申請した。これに対して政府も日銀も大反対して、日銀総裁が「今の日本では大製鉄所は成り立たない。計画を強行しても失敗するに決まっている。製鉄所にペンペン草を生やして見せる」と西山社長に言ったという話である。この裏には、1901年設立の官営日本製鉄が戦後二つに分かれていた八幡と富士製鉄からの反対もあったことだろう。


 自動車に関しても、企業の意欲を押しつぶすような霞が関の指導があったことは知られている。その中から、ホンダの開祖本田宗一郎とドラマの主人公風越信吾(佐橋滋)のやり取りを述べたい。オートバイから出発したホンダが4輪車へ進出するときの話である。佐橋氏は欧米の自動車業界に対抗するために、企業の合併などによって外国資本に対抗し、国際競争力を高めようとしていた。


 佐橋「私たち官僚は国のためにどうあるべきかを考えている。あなたは自分の欲望や会社のことしか考えてないのではありませんか?」とホンダの自動車進出に反対した。これに対して、本田氏は「なんだと?俺が私利私欲で会社をやっているとでも思っているのか!俺たちが、オートバイで世界一位になったとき、お前らはなんて言った。日本のために日の丸を揚げてくれて感謝しています、なんて言ってやがったじゃないか。いいか、俺がもし自動車で日の丸を揚げたときには、お前は切腹するぐらいの覚悟をしておけ」


 確かに「国家の経済政策は政財界の思惑や利害に左右されてはならない」という佐橋氏の信念は正しいと思うが、民間から起こる熱い企業発展への思いを国が押しとどめる必然性はないはずだ。特振法の考え方はその後、亡霊のごとくいまだに通産省の行政に残滓をとどめている。優秀な人材が天下国家を考えて、身を粉にして行動する姿まで否定するつもりはない。その結果が省益を守り、天下り当然の帰結として受け入れるのであれば、霞が関などは不要のことであろう。



*特振法(特定産業振興臨時措置法):「貿易自由化に備えて、産業界から、鉄鋼業・石油化学自動車産業を特定産業に指定し、合併ないし整理統合、設備投資を進めようという」法律

本田宗一郎著「夢を力に」日経ビシネス人文庫 ¥680.
http://iiaoki.jugem.jp/