風化する戦争の記憶

終わらざる夏
  浅田次郎氏は1951年東京生まれで、高校卒業後、さまざまな職歴を経て「とられてたまるか!」(学習研究社)で作家デビューした。1995年に「地下鉄に乗って」で第16回吉川英治文学新人賞、1997年、「鉄道員」で直木賞を受賞した。歴史ものから現代ものまで多くの著作がある。この小説は、氏が生まれる前に終結した戦争というものは何だったのかというテーマで、長い間あたためてきた渾身の作品と言う。
  


  千島列島の最北の島で、終戦直後に実際に起きたソ連軍との戦いを題材として、自分の意志とは無関係に戦いに巻き込まれた人々の様相を描く900ページにもなる大作である。戦争の記憶を書きとめることで、小説家としてできることの思いを実現している。戦いそのものは、一般的には知られざるものなので、テーマとしては描きやすかったと思う。しかし戦闘場面の描写は僅かであり、そこで巻き込まれた人々の人生と生活の描写が大部分を占める。

  浅田氏の作品に「壬生義士伝」という歴史大作があるが、新撰組を主なテーマとしている。しかし内容は南部藩脱藩浪人である吉村貫一郎が組の中で義を貫きとおした生涯を描いているもので、近藤勇ものとはいささか異なる。「終わらざる夏」でも軍人、学徒兵、作家の全く異なる人生が、占守島で出会い、戦争の残酷さや人間の別れや出会いの悲しみが重ね合わされて、浮かび上がらせている。「辛い記憶は誰もが語りたがらない。それを代弁するのが小説家の務め」と作者が言うように、あくまでも小説としてのモチーフを貫いている。
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