名だけの中華思想

中華思想か阿Qか
1.阿Q正伝(あきゅうせいでん)は魯迅によって1921年から新聞に発表された長編小説だ。阿Qという近代中国の一庶民を主人公としている。ある村で、その日暮らしの日雇いの阿Qという男がいた。金も家もなく、女性にも縁がなく、字も読めず、容姿も不細工と いう存在で、村人からは馬鹿にされていた。

2.彼には独自の考え方があり、どんなに罵られようが、日雇い仲間と喧嘩して負けようが、結果を都合の良いように取り替え心の中では自分の勝利とすることができていた。革命党が近くの町にやってきたので、彼は革命に便乗して意味もわからぬまま騒ぐが、逆に革命派の趙家略奪に加担したと無実の疑いをかけられて逮捕され銃殺されてしまった。

3.この物語は無知蒙昧な愚民の典型である架空の中国国民を描き出すことで、当時の中国社会の病理を鋭く告発した作品として評価された。毛沢東がこれを談話でしばしば引き合いに出したため、魯迅の名声が高まった。高校教科書にも採用されたため、国民の多くが知っている話だ。また外国向けにも翻訳されている。

4.魯迅は仙台医学専門学校(現東北大学医学部)で解剖学を学んだ。ここで日露戦争における中国人露探処刑の記録映画を見て、同胞の銃殺に喝采する中国国民の無自覚な姿に強い衝撃を受けた。これを機に中国の社会改革と革命に関心を深め、医学から、文筆を通じて中国人の精神を啓発する道に転じた。

5.処刑される阿Qの記述は、中国人露探の処刑とそれを見物する中国人観衆の様子を反映している。中国の自己中心的、覇権主義的動きを中華思想に結びつけて考える人が多いが、そうではなくて、むしろ先進国に対 するコンプレックスによるものと見た方が分かりやすい。中国人を理解するには中華思想より阿Q精神のほうが分かり易い。

6.無知ゆえ、負けても理由をつけて自己を慰め、無闘争心、いつも自己満足している阿Qがもつ人格的特徴は20世紀初頭の中国人そのものだ。阿Qの精神は未だに中国 国民にあり、多くの中国人は近代中国の不振の原因をもっぱら列強による侵略に求め、内部の争いに関して反省もせず、自己改善を怠ってきた民族だ。