長崎原爆

教科書の記述
 管理人の二人の息子は米国の中高を卒業している。アメリカに赴任した当初は、彼らの勉強を見なければならなかった。普通はアメリカの学校では、教科書は教室のロッカーに置いて帰宅するのであるが、時々、重い教科書を家に持ってこさせた。当然のことながらすべて英語である。


 アメリカには日本や中国のような長い歴史がないはずであるが、この教科書が部厚いのには驚いた。原爆の正当性についてのアメリカ人の言い草は、今では日本人なら誰でも知っていることであるが、初めてこの本で広島と長崎への原爆投下は戦争を終結するために必要だったとの記述を読んだ時には、ある種の衝撃が走った。

 あまりTVは見ないが、この時期になるとNHKの特別番組で、戦争のことを報道するので見ることにしている。先日、終戦後、米海兵隊の従軍カメラマンとして、原爆による被災状況を記録するために来日した写真家の故ジョー・オダネル氏(1922−2007年)の番組が放映された。軍からは人間の撮影は禁止されていたが、彼は密かに撮影していた。

 もともと真珠湾への日本軍の攻撃に対しての憎悪に燃えての従軍であったが、長崎を見てから、この考えが徐々に変わり、帰国後もその追憶に悩まされていたという。帰国後は大統領付きの報道カメラマンとして活躍していたが、ある時、トルーマン大統領と二人だけになった。その時に大統領に、原爆投下についてアメリカの考えが正しいかどうかを尋ねたという。大統領の答えは「この仕事は前の大統領から引き継いで進めただけだ」と答えたという。

 長崎のその写真は長らく撮影機材とともに封印されていたが、あることを契機として、米国で原爆の悲惨さについて公表することを決意した。当然に在郷軍人からは相手にされなかったが、ただひとり息子だけが理解者で、彼の死後、その息子が写真を携えて来日し、長崎で写真展を開いたと報道されている。

新聞報道:
http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20080717/01.shtml
長崎原爆資料館http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/na-bomb/museum/index.html
httpp://iiaoki.jugem.jp/