困った隣人

困った隣人 北朝鮮問題
 洗濯機の音が煩いといって、殺人事件が引き起こされた。人は誰しも心静かに生活を営みたいと思っているが、それが関係のない人にかき乱されると、嫌な思いを抱き、ある線を越えると法律的、あるいは暴力的に排除しようと考える。

 秋になると隣の柿の木が伸びて来て、自分の庭の上に実がなった。この場合には、柿の木の所有者の承諾を得れば、とって食べても構わない。隣の家の竹やぶから根が自分の庭に侵入してきて、春にタケノコが出てきた。この場合には隣に黙って、とって食べることができる。このように争いは必ず隣同士で始まる。民法233条に細かく規定されている。

 国境を接する国同士でも、境界線の位置、島嶼の所有、飛来物などを巡っては争いのネタはつきない。飛び道具に付ける核兵器の小型化に成功すれば、隣の国どころかはるか離れた国まで、脅しのネタに使える。国際司法裁判所とか国際連合を無視して、このようなことを企てる国は独裁国家しかない。

 歴史的にみても、独裁国家が永続した例はありえない。隣の住人が居丈高になるのは、その内部に必ず何らかの要因があるからである。たとえば独裁者の後継者を巡っての権力闘争とか、武器を支配している連中の突出した動きなどである。ミサイルや核開発をお手伝いしてきた中国やロシアにとっては、できるだけ穏便に処置したいので、国連安保理から出てくる制裁はほとんど効力のないものとなってしまう。

 いくら日本の首相や国会が「けしからん」と吠えても、馬の耳に念仏で、隣人は全く知らぬ顔である。問題の解決には時間と手間がかかる。過去には人気回復にこれを利用した首相もいたが、いつまでも米国や中国の顔色ばかりうかがっているのではなく、もっと策を弄するべき時が来ている。
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