サミットの変遷

G20金融サミット

 昔の中学の社会科ではデトロイトは車の街で、ピッツバークは鉄の街と教えていた。ピッツバークには二本の川があり、その合流点にこの町が形成された。ここが鉄の町と言えたのは1980年頃までで、今ではわずかに、川にかかるアメリカ最古の鉄橋とそばの公園にある転炉の展示に名残りを留めているくらいである。近代製鉄業は川の輸送力に頼るようでは限界があり、ミシガン湖や東部の海外地帯に製鉄業は移転した。デトロイトは衰えたとはいえ、いまだに車の町といってもおかしくはない。



そしてこの鉄の町は米国でもいち早く、ロボットなどの先端技術と臓器移植などの先端医療の街へと転身した。前者はカーネギーメロン大学、後者はピッツバーク大学がその中心となっている。今回、金融サミットがここで開催されたことから、アメリカには金融業だけではなく、古い産業からいち早くハイテク産業へと転身した模範的な街を世界に紹介したいというオバマ大統領の意欲を読み取ることができる。



 1975年にフランスで始まったサミットは、当初は冷戦時代の西側先進国の結束を強める意味が強かった。その成果の一つが、ソ連をはじめとする東欧圏の崩壊であり、やがてロシアが参加してG7からG8と呼ばれてきた。21世紀に入り、新興国の経済発展とそのG8諸国へ及ぼす影響の深さから、昨年秋の国際的な金融不安をきっかけとしてG20として進展してきた。G8は20世紀の遺物であり、国際間の諸問題の解決はGDPで世界の75%を占めるG20と拡大することとなった。実質的には昨年春の洞爺湖サミット以降G20の諸国はG8の会合には参加してきた。



 今回の会合では次のことが決まった。G20は国際経済に関する最上位の会合であること、刺激策を継続するが出口への準備をすること、貿易の不均衡を是正すること、銀行の自己資本規制の強化、金融機関幹部の報酬健全化、IMFへの出資比率配分を新興国へ移すことなどが決まった。日本にとっての影響は、輸出依存経済からの脱却、銀行の自己資本規制強化である。さらに、世界の目は日本から中国へシフトしてきていることも注目したい。


  今後の開催予定は、2010年6月カナダ、2010年11月韓国、2011年6月フランスとなっている。
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