富士山での遭難

カルネアデスの方舟(はこぶね)
  「海で遭難してしまい、一枚の舟板に二人がつかまる。二人の重みで舟板が沈むので、一人がもう一人を突き放して溺死させ、自分だけが舟板に取りついて助かる。これは罪にはならない」と言うことを古代ギリシアの哲学者カルネアデスが主張した。自分自身が死の危機に直面しているとき、相手を蹴り落としても罪にはならないことだ。これをカルネアデスの板、またはカルネアデスの箱舟という。

  「いろんなことを考える中で、自分一人では助けられないので、2人を置いて下山するという判断をした」と苦しい胸の内を無事に下山した遭難者は語っている。富士山の6合目は標高2700メートルで、最大級の寒波という悪天候の中でテントを吹き飛ばされたという。5合目まで下がれば安全地帯であるから、その判断が悔やまれるであろう。

  このニュースを聞いて、すぐに連想したのが上記したカルネアデスのことである。誰も証言するものがいないから真相は不明であるが、46歳の生還した元F1ドライバー氏は、これから生涯にわたって自分のとった行動に苦しめられることになる。極限状態での人の判断に、外野席からとやかく言うことはできないことも事実である。
松本清張著「カルネアデスの舟板」文春文庫 傑作短編コレクション(中)740円
http://iiaoki.jugem.jp/