実の世界 虚の世界

虚数の世界
   虚実と言う言葉での「虚は無いこと、嘘」の意味で使われている。「虚々実々の駆け引き」などと言うと、計略を巡らして、敵の隙を狙い戦果をあげる意味で、虚にはあまり良い意味はない。数学の世界で使われる虚数には、そのような悪い意味はなく、うまく使いこなすことで、ノーベル物理学賞も貰える可能性が示された。
  
  実数を二乗すれば、必ずプラスの数が得られるが、ある数を二乗してマイナス1となる数のことを虚数といって、普通は「i」で示される。Imaginary numberの「i」である。電気工学では電流の記号と区別するためを「j」で表すことが多い。虚数をイメージすることは不可能であるが、数学的な数式の取り扱いで出てくる記号と考えればよい。

  実数の世界だけで理論を構成していたのでは、世界の半分しか見ていないことになり、実数と虚数の世界を合わせて考えることで、初めて世界の全体を見ることができる。数学の世界では、物事の抽象化により、理論を簡単にしたり、計算を見通しよくすることができる。初等的な数学の方が理論が複雑で、計算が面倒なことがある。たとえば、鶴亀算は未知数を使って解く方が簡単であることを誰しも経験している。

  三角関数の加法定理の証明、統計学中心極限定理の証明など、虚数を駆使することで、より分かりやすく、すっきりと証明することができる。数学はできるだけ高度な道具を使った方が、理論を正確に理解し、証明などが容易になることが知られている。

  ノーベル物理学賞を受賞した小林・益川理論は、物質を構成する素粒子が6種類あることを数学的に証明した理論で、ここでは虚数が重要な役割を演じていた。紙と鉛筆で予測された理論は30年後に巨大な実験設備で検証された。理論構築で虚数の果たした役割は大きい。ヒッグス粒子の存在を予感させた南部先生の理論、その理論からヒッグス粒子を予言したヒッグス先生の理論でも同じことだ。